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Channel: 平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図
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設計図としての聖書

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3シリーズ構成の『ダ・ヴィンチと禁断の謎』は2と3を見ていたのですが、1の再放送を読者に送ってもらったので通して観直しました。随分と飛ばしてみていたような (;^ω^)

シーズン1は、フィレンツェで活躍するレオナルド・ダ・ヴィンチの芸術家としてのエピソードから始まります。花の都フィレンツェは自由な都市で、いきなり…

( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!

ところが、2から3は (´・ω・`)ガッカリ…(´・ω・`)ショボーン…(´Д`)

天才ダ・ヴィンチが、内戦とトルコとの戦いのために武器を発明するという、芸術家としての横道に逸れる物語が延々と続きます。途中で南米のインカ帝国が出てきたり、そこで学則天を発見したり、ドラキュラのモデルのヴラド公爵に出会うとか物語は迷走するのですが、製作費をケチってないのでドラマとしては面白い。AmazonでDVDも手に入るようです。

それで、半分鬱になりながら観ていて、あることに気が付きました。それは、何事も設計図なしには事が進まないということ。

これは、造船や建築や兵器とかに限定したものではなく、神の創造のレベルで設計図は描かれるということです。例えば、旧約聖書に預言された終末は、その書かれた通りに迎えられる。

もちろん、その裏には預言を成就させる人間集団がいる。預言者が設計者なら、成就のために行動する集団は実行部隊。

問題は、実行部隊は、旧約聖書と新約聖書とノストラダムスの予言書ほかに依拠するだけでなく、刻々と変化する今の時代に新設計される図面を見て行動しているということです。

僕が何かを書く。するとそれが実現する。僕という存在が実行部隊のアンテナにかかる。もちろん、僕だけではなく、他にも多くの人がアンテナ網に捉えられているはず。

末日とは、旧約聖書の黙示預言と、新約聖書のイエスの言葉が成就される時代ですが、壮大なスケールで滅びが進むだけではなく、新たな人類の夜明けともなる。滅びは滅びに任せて、夜明けを迎えるための設計図を描かなくてはならない。それが僕の必要とされる能力の一つだとしたら、まだまだ頑張らなくてはならない。才能を与えた神にすべてを捧げないと、レオナルド・ダ・ヴィンチに遠く及ばない。

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